学会イベント 第20回北海道頭痛勉強会後記 更新 : 2011年8月8日
平成23年7月1日金曜日にホテルさっぽろ芸文館にて,第20回の節目となる北海道頭痛勉強会が行われました。天気にも恵まれ初夏のさわやかな札幌で18:10頃より開始となりました。
まず今回の共催メーカーであるファイザー株式会社から,片頭痛治療薬レルパックス錠の製品情報提供があり,18:25頃より一般演題が,北海道医療センター神経内科藤木先生の座長のもと,2題発表されました。

1題目は「平安期の片頭痛」という見るからに興味深い演題名で,北海道済生会小樽病院神経内科の松谷学先生が頭痛の医学史について発表されました。以下に先生自身による抄録を提示します。
「頭痛は古くから人類を悩ませた症候であり,医療の現場でどのように理解されていたのか若干の典籍から抽出を試みた。平安時代後期に成立した漢和辞典『倭名類聚抄』に「頭風 かしらいたきなり まひ俗云トウフウ(原文万葉仮名)」の記載があり用例として正史三国志魏志方技伝の「太祖苦頭風」を引く。頭部の異常感の表現は例えば,先秦時代(BC200年代)『呂氏春秋』に『(気が鬱滞すると)頭すなはち腫を為す,風を為す』と古くからあったものと思われるが,頭風など“熟”語が増えてくるのはAD200年代以後のようである。大陸文化の伝搬吸収のなかで遣唐使廃止後に成立した本邦平安期の医書『医心方』(984年)には頭痛関連語が,頭痛,頭重,頭風,風頭眩など複数認められる。またこれらが各科全身疾患に伴って記されており単に局所の疼痛を示すのみならず,さまざまな基礎疾患に生じる病態であり,予後も異なることが認識されていたといえる。では一次性頭痛はどうか。同書巻第三には日本国見在書目録(895年頃)にみえる『拯要方』からの引用として「普段は特に変わったことはないが,発作のたびに,めまいし,視覚的変化を自覚し,頭痛がして,嘔気に続いて嘔吐が起きるが,しばらくたつと治る」と前兆を伴う片頭痛の症候がほぼ満たされた記載が存在する。同じ文が中国の盛唐期に成った医書『外台秘要方』(752年)にも『許任則方』(許仁則は初唐600年代後半に実在した名医)からの引用としてあることから,少なくとも7世紀の東アジア文化圏にはこの病態はすでに知られるものであった。下って鎌倉時代,禅宗の僧医 梶原性全の『頓医抄』(1302年)には中国宋代の医書の引用・咀嚼から「片頭(かたあたま)ノイタキヲ偏頭ト云,両方ノ頭痛キヲ正頭痛ト云也」とある。むろん,単語が同じでもみているものが現代と同一とは限らないが,少なくともそのような特徴的症候に着目され病態把握されていたことは興味深い。」

2題目は「後咽頭(頚筋)腱炎(retropharyngeal tendinitis)による頭痛」という題名で北見クリニックの北見が発表しました。国際頭痛分類第2版ICHD-Ⅱの「11. 頭蓋骨,頚,眼,耳,鼻,副鼻腔,歯,口あるいはその他の顔面・頭蓋の構成組織の障害に起因する頭痛あるいは顔面痛」の中に 「11.2 頚部疾患による頭痛 」という項目があり,更に「11.2.1 頚原性頭痛」「11.2.2 咽頭後方腱炎による頭痛 Headache attributed retropharyngeal tendonitis」「11.2.3 頭頚部ジストニーによる頭痛」とあるうちの2番目の病名についてです。まずretropharyngeal spaceをどう和訳するか,すなわち咽頭後方間隙とという名称と後咽頭腔とどちらが一般的かですが,頭痛学会邦訳は咽頭後方腱炎による頭痛となっています。しかし後咽頭血腫や後咽頭膿瘍などの方が頻出しており,後咽頭(頚筋)腱炎による頭痛とする方がより一般的ではないかと思われます。またICHDの原文ではtendonitis としていますが,retropharyngeal tendinitisとしている英文論文が大半で,どちらが正しいのかは不明です。診断基準を見ますと;A.片側性または両側性の非拍動性後頚部痛で,後頭部または頭部全体に放散し,かつCおよびDを満たす。 B.成人においてC1-C4レベルで7mmを超える椎体前軟部組織腫脹(特殊なX線検査を要する場合あり)。C.頚部後屈により痛みが著しく悪化する。D.非ステロイド系消炎鎮痛剤(NSAIDs)通常量により 2週間以内に痛みが緩和する。となっており正に炎症性頭痛です。つまり後咽頭に炎症がある場合の頭痛の原因になる疾患と思われました。 後咽頭腔(RPS)とは前方は咽頭収縮筋,後方は椎体前筋群,外側は頚動脈間隙で囲まれた薄い脂肪層で,頭蓋底から第三胸椎まで続きます。RPSと後方の椎体周囲間隙の間は危険腔(danger space)と呼ばれており,頭蓋底から横隔膜までの筋膜は脆弱で,リンパ節がなく容易に病変が波及するとされます。また通常CTやMRIではRPSと区別できず同一の部分と捉えられます。臨床像としては発熱後,後咽頭壁発赤,一側後頭部から始まる頭痛が毎日続き, 著明な頚筋群の腫脹,圧痛と上位頚神経刺激による同側三叉神経第一枝出口の圧痛や睡眠障害による傍脊柱筋筋膜痛が見られます。 咽頭周囲炎から後咽頭腔に炎症を起こし,頚筋腱炎を起こす症例は比較的多いと思われ,治療には一週間程度のNSAIDs(ジクロフェナクなど)内服と少量のクロナゼパム眠前服用が効果的です。炎症痛の強い症例にはステロイド加後頭神経ブロックが有効です。 

19:00頃より北祐会神経内科病院顧問の田代邦雄先生の座長のもと,本日の特別講演が始まりました。演者はお忙しい中,札幌にお越しいただいた慶應義塾大学医学部神経内科鈴木則宏教授で,「片頭痛のサイエンスと新たな治療-CGRPとボツリヌス毒素をめぐる新たな動き-」と題して,6月下旬にベルリンで行われた国際頭痛学会でのup to dateな話題や,先生の教室で行われている最先端の片頭痛研究のトピックスを話されました。国際頭痛学会では片頭痛の根本治療についても話題が出ており,世界的な傾向としては,片頭痛は慢性疾患であるということ,および本質は拍動性頭痛であることから,現在ではまた血管性因子を見直す傾向にあるとのことです。つまり当初の片頭痛研究は,血管拡張で頭痛が起きるという単純な考えから始まりましたが,Moskowitzの三叉神経血管説以来は三叉神経と血管の関係に関心が移りましたが,最近ではまた末梢の血管に注目が集まっているとのことです。片頭痛はpremonitoryの予兆がありauraがあり,血管拍動と頭痛が始まり,それが治まってもpostdromalな症状が残存して消えていくというダイナミックな症状の変化が見られる病態です。痛みの原因として三叉神経節内のTRPV1やCGRPなどの受容体が注目されていますが,まだ未知の受容体があることも分かっています。先生は以前,ご自分の研究でラットの脳血管に三叉神経節からNasociliary nerve(NCN)を経由して痛覚線維が分布していることを世界で初めて突き止めたことを紹介されました。NCNは人間の三叉神経第一枝にあたります。5HT/1B受容体との関係では,三叉神経節にはTRPV1やCGRP受容体が多数見られ,感覚神経の細胞内にそれぞれ一致している細胞もどちらかの受容体だけを持つ細胞も見られています。それらが硬膜や脳血管壁に分布している訳ですが,三叉神経節だけでなく脊髄後根神経節にも多く見られ,それぞれが5HT/1B受容体と関係しており,三叉神経脊髄路核にも5HT/1B受容体が多く見られます。5HT1Dも三叉神経節に受容体を持ちますが,感覚神経終末からSPとCGRPが放出され,どちらが血管拡張に関係するか不明でした。先生の教室の仕事で,NCN刺激で脳血管は拡張しますが,SPを拮抗しても血管拡張は起こり,CGRP拮抗薬で血管拡張が抑えられることが分かりました。すなわちCGRPは神経原性血管拡張を起こし,また脳の活性化と感作に関係します。CGRPとBDNFおよびP2X3(ATP受容体)などの相互作用も片頭痛のメカニズムの解明には必要なようです。
片頭痛の痛みにはTRPV1,17βestradiol,NO donorなどが関係しており,TRPV1は硬膜上にたくさん存在するそうです。CGRPも同じ神経のbundleに見られ,CGRP抑制はtopiramateで見られますがCGRP放出抑制の機序については,postsynapticでは抑制されないそうです。片頭痛の発症はCGRPが原因かといわれています。受容体はCGRP1,2が同定されています。ラットCGRP受容体は感覚神経軸索,グリア(アスロトサイト)などに見られます。
CGRP拮抗薬(gepant系薬)ではTelcagepantが開発進行中とのことです。またBotoxとCGRPの関係についてはドパミンが関係しており,MOHの背景因子にある視床下部でのドパミン過剰がBotoxによって抑えられる可能性が示唆されました。Botoxはchronic migraineに対する有効性が認められ,BotoxがTRPV1抑制などに働く可能性があります。これからの片頭痛治療の動向ではCGRP拮抗薬やDHEスプレーなどについて話されました。

現在,世界で進行中の片頭痛研究のホットな話題を,先生の教室の仕事を中心に詳しく解説いただき,講演後の質問にも詳しくお答えいただき,非常に有意義な勉強会になったと思います。次回は秋に開催を予定いたします。      文責:北見
 
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