2008年5月6日

筋筋膜痛症候群について

筋筋膜痛症候群(myofascial pain syndrome,以下MPS)は筋肉や筋膜から来る痛みで,ペインクリニックでは30~85%の頻度でみられ,男性より女性に数倍多く見られるとされています。症状として局所的持続痛を訴え,強度もまちまちで,頭部・頚部・肩甲骨周囲・四肢・腰部の骨格筋に多く見られます。まだ医学的に完全に解明された病態ではありませんが,臨床上は慢性痛の身体的中核病態として多くみられます。また類似の病態として線維筋痛症やリウマチ性多発筋炎などがありますが,これらとは異なる病態であると捉えられています。

MPSは,外傷後や手術後,炎症性疾患,麻痺性疾患の後遺症などとして起こってくることが知られており,発症の背景要因としては,個体の要因として脊椎や周辺の病的状態,筋力低下,疲労,姿勢や職業的な脊椎不良肢位,繰り返される一定の筋の軽微な外傷など,また心理的要因として本人の性格,環境への適応性,作業意欲,情緒安定性,ストレスや不安などの精神的緊張,さらに社会環境要因などが重なり合うことによって発症に至るものとされていました。しかし実際にどのように病態が完成するのかは,いまだ十分には明らかにされていませんでした。MPSの診断に重要なのは筋肉の触診所見,つまり圧痛点(Trigger point, TP)の存在,筋肉の索状硬結,関連痛の存在など理学的所見が主体になります。MPSは慢性痛治療の方法論を検討する上で欠くことのできないものであるばかりか,中枢の痛み認知機構と末梢の痛み情報との結びつきを医学的用語で解明できる,数少ない貴重な病態であると思われます。

筋由来の痛み情報は筋の虚血状態と,乳酸などの代謝産物の蓄積などによって引き起こされます。筋肉は収縮,弛緩の機能を維持するのに大きなエネルギーを必要とし,このエネルギーはATP(アデノシン三リン酸)によってまかなわれています。このATPは筋肉内グリコゲンの1分子のグルコースが解糖系経路によリ3分子のATPと2分子の乳酸に分解されることにより供給されています。平常時は筋収縮によって乳酸が産生され,それが筋弛緩時に血中に流入して肝臓グリコゲンとなり,再び血中に遊離した血液グルコースから筋グリコゲンが合成されるという循環を行っています。しかし筋弛緩があまりおこらず筋緊張が持続すると,筋に乳酸が蓄積されるばかりでなく,筋収縮のたびに多くのATPを必要とするので,別の経路によりATPが生成されることになります。しかし同時にAMP(アデノシン一リン酸)など筋強直をおこす物質も生成され蓄積されるため,正常な収縮・弛緩のサイクルが妨げられて,ますます痛みの悪循環を助長するものと考えられています。

MPSにはTPという特徴的病理構造が存在しますが,TPとは骨格筋線維内にできる索状硬結(スジ状に硬くなった部分)の,さらにその一部にみられる痛覚過敏点のことを指します。その部分が他の部分とちがう点は,物理的刺激(圧迫や穿刺など)で,関連痛と局所的筋痙攣反射(局所筋痙攣,muscle twitch)という2つの重要な臨床的特徴が引き起こされることです。TPは通常急性,慢性の外傷が筋肉,腱,靭帯,関節,椎間板,神経などに加わった結果生じ,近年の臨床的および動物実験の結果,関連痛や局所痙攣は脊髄内での痛み情報の過剰集積に関連することが示唆されました。

TPには感覚過敏部位(sensitive locus, SL)が多数存在することが報告されており,SLは1つまたはそれ以上の侵害受容神経終末を含んでいると思われます。SLの機械的刺激は局所痙攣を引き起こし,しばしば特徴的関連痛を伴います。原理的にはSLは身体のどこの骨格筋にも存在するはずですが,通常はTPが多く出来やすい運動終板(endplate)近くに最も集中的に分布しています。TPは原因の如何を問わず,すべての筋肉痛に一般的に見られる病的伝導路であり,TPの発生には末梢神経終末(運動終板)の障害が関係しているとされます。このことよりMPSの痛みは,局所性神経損傷痛であると考えられているのです。

TPについての臨床的,基礎的研究のHongらのレビューによれば,TPには神経線維や運動終板に密接に関係する多くの微細病変があり,関連痛や局所筋痙攣は脊髄過剰情報累積メカニズムに関係するとされます。また骨格筋の索状硬結は恐らく異常な運動終板から放出される過剰なアセチルコリンのためと考えられ,結論として彼らはTPの病理は異常な終板に関する過敏な神経線維と,その影響による脊髄内での痛み情報過剰蓄積現象によるとしています。その他に筋紡錘がTP形成に関連している可能性があるとする報告や,TPは酸素欠乏下での筋代謝の亢進部分であるという説も証拠により裏付けられています。またTPの形成には交感神経の過緊張が関与しているとの報告もあります。

以上の結果と著者のこれまでの研究から,MPSの発生には以下の仮説が成り立ちます。まず外傷や手術による筋損傷があると,運動終板は障害され筋紡錘も障害をうけ,回復過程で過度の筋収縮情報を脊髄に伝えます。初期段階では筋損傷に伴う末梢神経終末からの異常興奮がおこり,筋組織からの障害情報により脊髄反射を介して筋紡錘の機能的収縮が見られます。この時点での基本的病態は,障害された末梢神経のNaチャンネルの増加による過剰興奮で,多くの急性痛でみられる減少です。しかし通常は中枢より下行性抑制がかかり,筋組織の修復とともに機能的収縮は治まって行きます。過剰に再生された運動終板も次第にダウンレギュレーションがかかり数が減少してゆき,本来の随意的筋収縮と筋弛緩が戻り,筋組織の血行が改善して筋由来の痛みが治まってきます。

ここでMPSの病理構造が完成するためには,中枢性機構すなわち痛みの下行性抑制系の働きを抑える要因の関与が不可欠ですが,この要因が睡眠障害を仲立ちとする不安やうつなどの心理背景であると考えられるのです。既に述べたように,本来は末梢からの痛み情報が脊髄で過剰集積される過程に大脳や脳幹からの下行性抑制がかかるはずなのですが,これが睡眠障害により助長された不安やうつ傾向などによって抑えられるのではないかと推測されるのです。あるいは同じノルアドレナリンやセロトニンなどの中枢性枯渇が不安やうつを引き起こし,同時に痛みの下行性抑制系も弱らせてしまうという可能性もあります。中枢性下行性抑制系が抑えられた結果,過剰の痛み情報が脊髄前角に蓄積され,それが神経筋接合部での過剰なアセチルコリン放出につながり,その結果修復過程にある運動終板は数が増えるか過敏となり,末梢で交感神経を介した筋収縮が持続し,索状硬結をきたすような長期の筋収縮の悪循環へと結びつき,TPを伴うMPSの病理が完成すると考えられるのです。

MPSの心理要因の関与については幾つかの研究が報告されています。Rothらは慢性痛患者の診断に関する知識と治療についての満足感の関係を調べました。MPSの患者は知識に乏しく,治療結果に満足していないのではないかと思われたためです。慢性痛65例が学際的評価ののちMPS群(n=30)と神経因性あるいはリウマチ性疾患と慢性痛の混合群(n=35)の2群に分けられ検討されました。結果としてはMPS群は有意に自分の病気を判断するのが不正確で,自分たちの病気を医者のいうよりもっと重篤で診断名の違う病気であると考えていました。MPS群はより治療に満足していず,医師とのコミュニケーションが不充分だと訴える傾向がありましたが,痛みの強さ,抑うつ,不自由さ,痛み持続期間あるいは賠償・訴訟の状況などには有意な差がなかったということでした。著者の心理検査の結果でも,MPSの患者さんは心気症傾向が著明であり,痛みの捉え方は非合理的で,不安やうつ傾向も多く見られました。

MPSの診断基準ではSimonsのものが比較的使いやすく,使用されることが多いようです(表)。TPの刺激により,他の決まった身体部位にKellgrenによって示された関連痛が引き起こされることが診断の決め手になります。これはSimons&Travellにより1983年にイラスト化されています(図にその一部を示します)。圧痛点は頚部,胸背部,腰部などに特徴的なポイントが見られ,末梢神経の筋肉からの出口に一致していることも多いようです。

治療としては学際的治療法がもっとも効果的で,教科書的には服薬治療の他に,トリガーポイント注射,ハリ,ストレッチスプレー法,経皮的電気刺激法などが有効とされています。著者は治療法として,トリガーポイント注射,温熱,マッサージなどの身体的治療と共に,痛み感覚の認知が非合理的である場合に認知行動療法や森田療法などの心理療法を併用しております。また睡眠障害が背景にあることがわかっており,十分な筋弛緩が得られるよう睡眠障害の治療にも力を入れています。


参考文献
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Simons DG:Myofascial pain syndromes: where are we? Where are we going? Arch Phys Med Rehabil 69(3 Pt 1):207-212,1988
Hong CZ, Simons DG: Pathophysiologic and electrophysiologic mechanisms of myofascial trigger points. Arch Phys Med Rehabil 79:863-872,1998 
Chen JT, Chen SM, Kuan TS, et.al: Phentolamine effect on the spontaneous electrical activity of active loci in a myofascial trigger spot of rabbit skeletal muscle. Arch Phys Med Rehabil 79 : 790-794,1998
Roth RS, Horowitz K, Bachman JE: Chronic myofascial pain: knowledge of diagnosis and satisfaction with treatment. Arch Phys Med Rehabil 79: 966-970,1998
Kellgren JH: A preliminary account of referred pain arising from muscle. Br Med J 1: 325-327, 1938
Travell G, Simons DG: Myofascial Pain and Dysfunction: The Trigger Point Mannual. Williams & Wilkins, Baltimore, 1983


表.Simons(1990)による筋筋膜痛症候群の診断基準
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大基準
1 局所的な痛みの訴え
2 筋・筋膜の圧痛点から関連痛として予測しうる部位での痛みあるいは違和感
3 触知可能な筋肉での索状硬結の触知
4 索状硬結に沿った一点での強烈な圧痛の存在(ジャンプサイン)
5 測定可能な部位では関節可動域のある程度の制限
小基準
1 圧痛点の圧迫で臨床的な痛みの訴えや違和感が再現する
2 圧痛点付近で索状硬結を弾く,或は注射針の穿刺などによる反射的な局所的筋痙攣
3 筋肉を引き伸ばしたり(ストレッチング),圧痛点への注射により痛みが軽快する
*診断には大基準5項目すべてと,少なくとも1つの小基準を満たすことが必要

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