去る平成21年11月4日に第17回の北海道頭痛勉強会が札幌グランドホテルで開かれました。前日,前々日と冬のような寒さで,天候が心配でしたが,当日は幸い気温も上がり良い天気に恵まれました。18:00より今回の共催メーカーであるエーザイ株式会社よりマクサルト(リザトリプタン)の商品説明がありました。
18:15頃より中村記念病院神経内科部長の佐光一也先生の座長で,一般演題が2題発表になりました。
一般演題1:当科入院患者における頭痛歴の検討
北海道大学神経内科 松島理明先生
慢性頭痛には一次性と二次性が区別されますが,神経内科疾患にも一定の確率で合併して起こります。一次性頭痛も多く,neurotransmitterやchemical mediatorも影響するのではないかということで,疾患によって一定の傾向があるか否か検討したとのことでした。2008年11月1日から2009年10月6日までの北海道大学神経内科の入院患者192名(男84名,女108名)について,入院患者の一次性頭痛の傾向と頻度の偏りを調べました。神経内科的疾患は多系統萎縮症,多発性硬化症,パーキンソン病など多数の疾患に渡っておりました。聴取内容については,現在の頭痛の有無,既往歴,家族歴について尋ね,頭痛の診断を行ったとのことです。入院時の頭痛の合併は33名で,片頭痛5例,緊張型頭痛20例,二次性頭痛8例だったとのことです。入院患者の頭痛有病率は片頭痛2.6%,緊張型10.4%(北里大学の発表した日本人の有病率は片頭痛8.4%,緊張型22.4%)でした。既往歴では片頭痛が2例,緊張型頭痛が15例でした。家族歴は片頭痛が9例,緊張型頭痛が5例だったとのことです。特徴的だったのは多発性硬化症に片頭痛の合併が多く,15.8%で片頭痛を合併していたそうです。ただし視床下部病変をもつタイプが多かったわけではなかったようです。片頭痛では視床下部病変がgeneratorになる可能性が指摘されています。Neuromyelitis optica(NMO)では視床下部病変が有名ですが,今回の調査対象中のNMO症例には片頭痛を認めなかったとのことです。しかし,興味深いことに抗AQP4抗体陽性2例において,いずれも片頭痛が合併しており,何らかの関連があるのかも知れません。パーキンソン病で片頭痛合併はなかったとのことです。
一般演題2:下垂体卒中に伴う頭痛
中村記念病院神経内科 佐光一也先生
佐光先生は下垂体の発生学的解剖の解説から始め,下垂体前葉と後葉から出るホルモンや周囲の解剖学的構造について説明され,下垂体卒中に伴う頭痛の起源は,海綿静脈洞部での三叉神経刺激,鞍隔膜の伸展刺激,周囲血壁刺激などが考えられるとしました。次にICHD-Ⅱ分類の6.7.4下垂体卒中に伴う頭痛についての診断基準を示され,症例を提示されました。症例1は70歳代の男性で,突発性の頭痛,嘔吐,複視で発症し,近医で2日間経過を見られ,その後中村記念病院へ紹介されたとのことです。来院時左動眼神経麻痺があり,頭部MRIでは下垂体腫大と信号変化,さらにトルコ鞍周囲硬膜肥厚がみられましたが,下垂体ホルモンはほとんど正常範囲でした。2週間後に内視鏡経鼻的腫瘍摘出術が行われ,非機能性下垂体腺腫に出血性梗塞を起こした事が確かめられました。症例2は50歳代後半の男性で,やはり突発性の頭痛と嘔吐で発症しました。頭部MRIで軽度下垂体腫大がありますが明らかな信号異常はなく,下垂体内部と周辺に不規則な造影効果がありました。4日後にACTH,コルチゾールが低下して補充療法を要しましたが,症状が軽く保存的治療で症状軽快しました。非機能性下垂体腺腫に梗塞性病変を起こした下垂体卒中と考えられました。下垂体卒中の組織像58例をまとめたSempleらの2006年の報告(J Neurosurg. 104(6):931–937)では,出血のみ8%,出血性梗塞47%,梗塞40%だったとされます。下垂体腫瘍増大による供給血流不足,腫瘍動脈脆弱,静脈うっ滞,鞍隔膜周囲の血管圧迫,偏倚などが下垂体素中の原因と推定されています。中村記念病院での下垂体卒中15例の検討では男女比11:4,平均53歳,頭痛で発症12例,嘔吐8例とのことでした。手術時の組織は,全例に下垂体腺腫があり,卒中所見としては単純な出血性病変よりも梗塞性病変を主体とするものがより多くみられました。また,ラトケ嚢胞でも下垂体卒中様の突然の頭痛で発症した2例がありました。急性発症の強い頭痛は下垂体卒中を疑う必要があり,頭痛が唯一の症状であることもあり注意が必要とのことでした。
19:00より,北海道大学神経内科教授 佐々木秀直先生の座長で,特別講演が行われました。演者は,病院長という多忙を極める仕事の合い間をぬって札幌へお越しいただいた,東海大学八王子病院長で神経内科教授の北川泰久先生です。
特別講演:緊張型頭痛の病態と治療-最近のトピックス-
これまでこの勉強会では片頭痛関係の講演が主体でしたが,今回北川先生は緊張型頭痛について,これまでの先生のご研究業績と多くの文献的考察から,幅広く見識をご披露下さいました。
まず先生は緊張型頭痛の疫学と,当初の研究テーマであった筋硬度計について詳しく解説されました。緊張型頭痛の緊張とは,精神的すなわち内的な緊張と,肉体的すなわち外的な緊張を表します。北里大学の坂井先生らの統計では,有病率は日本で22.4%,世界的に20-30%程度とされるそうです。緊張型頭痛は頻度から稀発,頻発,慢性と分けられ,40才代では稀発が48.2%,頻発が33.8%,慢性が2.3%とのことでした。稀発・頻発性緊張型頭痛は末梢性の要素が強く,慢性緊張型頭痛は中枢性の要素が強いといわれています。
末梢性の要素は筋硬度とEMG放電の増加,それと筋血流が関係しており,それらを客観的に研究することが必要です。筋硬度に関して先生は,筋硬度測定器を開発されましたが,その原理を詳しく述べられました。内容を理解するためには工学的な専門知識が必要なようです。筋肉のこりを肩僧帽筋,C7レベル,肩甲内側で測定し,実際に得られた筋硬度と自覚的肩こり感を対比検討されました。またマッサージやエペリゾンの効果などが筋硬度や自覚的肩こり感に影響を与えるか検討されました。
筋放電に関しては,作田先生の業績を挙げられ,うつ向き姿勢で筋放電が増えることを示されました。また側頭筋の血流は変化なしとのことでした。4段階の圧痛スコア(0-3)を用いたBendstenらの報告で,圧痛と閾値は,正常ではしばらくプラトーである閾値から急激に上昇しますが,慢性緊張型は圧を加え始めた直後から直線的に閾値が上がるとのことです。PGE2の関係や炎症についても関与を話されました。筋音図という筋収縮の微細な振動をとらえる装置なども用いて,肩こりを伴う慢性緊張型頭痛は筋肉がすでに過収縮の状態であることが示されたそうです。
次に中枢性因子については中枢性感作が関係することが認められています。痛みの閾値は低く,特にCTTHで一番低いとのことです。側頭筋,咬筋の抑制には橋のinterneuronが関係しており,慢性緊張型では表面筋電図の活動電位ES1,ES2の短縮が見られることから,脳幹の機構を介した中枢性感作があることが分かります。その他,NOの影響なども考えられ,GTN投与後のNO拮抗で圧痛低下することが知られています。また各種の生化学的変化特にセロトニン低下なども見られるようです。
画像では頭部MRIでCTTH患者のVoxel-based morphometryを行いますと,前部帯状回,島脳,海馬傍回,背側吻側橋など疼痛に関する領域の灰白質が減少していることが報告されています(Schmidt-Wilckeら,NEUROLOGY 65:1483-1486 2005)。
治療としては十分な機序の説明,生活指導,薬物療法などが主体ですが,緊張を引き起こす因子すなわち心理社会的影響,精神的緊張の面を考慮しながら治療を行う必要があると話されました。2002年の頭痛診療ガイドラインでエビデンスが明らかなものはアスピリンとアセトアミノフェンで,統計的に差がないとのことです。またイブプロフェン+カフェイン合剤は単剤より良いようです。デパス+NSAIDsは効果的であることを示す獨協医大の平田先生の報告も紹介されました。市販薬ではMOHになりやすいので要注意とのことです。さらに最近の話題で選択的COX2阻害薬も出ています。MOHの治療としては抗不安薬や抗うつ薬が必要であるとされました。その1例として60才後半の女性で,うつがありミオナールとトリプタノールで改善したケースを示されました。トリプタノールよりパロキセチンのほうが効果的との報告もあります。抗てんかん薬のお勧め度はBかCですが,有効なものも多いようです。THの予防治療コントロールスタディではFumal,SchoenenらによるLanset Neurologyの論文(2008年7:70-83)がよくまとまっており,そのなかでもミルタザピン,トピラマートが良いとのことでした。ミルタザピンは4.5mg以下では無効,15-40mgで有効だったようです。こりと痛みの悪循環をとるのに半導体低出力レーザーもある程度有効とのことです。頭痛をみるためには精神的背景も注意が必要で特にうつ,不安神経症,身体表現性障害などが見られるとのことでした。緊張型頭痛の北見分類(日本頭痛学会誌35,30-33,2008)も臨床的に役立つとご評価をいただきました。またBOTOXの効果には慎重に対応する必要ありとのことです。頭痛体操,鍼灸,バイオフィードバックなども効果であることを示されました。
緊張型頭痛の診断や現在のトピックス,治療の詳細まで,まさに緊張型頭痛の最新の教科書をそのままご教示いただいたという印象で,今回の北川先生のご講演を聞かれた皆様は日常診療に大変役立つ知識を得られたことと存じます。
定時をやや過ぎて,会の終わりに共催メーカーであるエーザイ株式会社より謝辞があり,会を終了いたしました。次回は来年6月頃を予定しております。
文責:北見 |