学会イベント 第11回北海道頭痛勉強会後記 更新 : 2006年11月8日
去る11月2日木曜日に,札幌パークホテルにて第11回の北海道頭痛勉強会が開催されました。この時期はいろいろと学会が重なっており,参加人数もいつもより少なめでしたが,それでも約80名の皆様のご参加をいただき,盛大に行うことができました。
定刻より5分遅れて,まず今回の共催メーカーであるアストラゼネカ社より,片頭痛診断のための質問紙であるMigraine-Questと片頭痛治療薬ゾーミッグの商品説明があり,18:20より頭痛勉強会の講演が始まりました。

一般演題として2題の頭痛関連の演題が,札幌南病院神経内科の藤木直人先生の座長のもと,発表されました。
演題Ⅰは「頭痛が先行した眼窩先端部真菌感染症の検討」と題して,札幌医科大学神経内科の村松晃寛先生が発表されました。自験例4例(73-77歳,男性3例女性1例)の真菌感染症の症状,画像診断,検査結果および治療経過について詳細に述べられたあと,文献的考察も加え,眼窩先端部真菌症の初発として眼窩周囲痛が56.3%あり,トロザハントなどと類似しているため,ステロイド治療を始められた15例中12例が死亡した,などの報告を引用されて警告を発せられていました。真菌マーカーは必ずしも陽性にならず,菌腫はカンジダやアスペルギルスが多いようです。また眼窩先端部症候群も経過が進んでからでないと典型的にならず,造影MRIでは海綿静脈洞部から脳表硬膜まで広く造影されますが,真菌症に特異的な所見という訳でもないようです。したがって免疫力の低下した高齢者で眼窩周囲痛を訴えて,MRIにて眼窩先端部が強く造影されるような症例をみたら,真菌感染症も念頭におき治療を行う必要があるとのことでした。治療薬はミカファンギン,イトラコナゾールなどの抗真菌薬が有効であるとのことでした。
演題Ⅱは「脳脊髄液減少症経過中に慢性硬膜下血腫を来した2症例」と題して,中村記念病院神経内科の島谷佳光先生が発表されました。(脳脊髄液減少症という病名はまだ医学界の同意が完全に得られていないため,ここでは一般的な診断名である特発性低髄液圧症候群と記載します。)64歳女性と41歳男性の症例でいずれも外傷などの既往は明らかでなく,起立性頭痛と嘔吐という特発性低髄液圧症候群に典型的な症状で発症しており,2例目は腰椎穿刺で低髄液圧を確認したとのことです。経過中に1例目は片側,2例目は両側の慢性硬膜下血腫を発症し,いずれも保存的治療で消失したとのことでした。文献的考察で特発性低髄液圧症候群には経過中に16.4%の慢性硬膜下血腫の合併が報告されており,典型的な起立性頭痛などの発症から平均47.8日後に血腫が確認できるとのことです。また治療は,保存的治療や,血腫洗浄術,硬膜外自家血パッチ+血腫洗浄術などが報告され,予後は一般的に良好とされました。

18:50頃より,札幌医科大学名誉教授である松本博之先生が座長をされ,本日の特別講演が開始されました。講師は,ご多忙の中来札いただいた,太田熱海病院(静岡の熱海ではなく福島県の熱海だそうです)神経内科,脳神経センター長の山根清美先生で,演題名は「見逃されている脳底型片頭痛について」,副題として「多彩な症状(めまい,全健忘,アリス症候群など)を呈する片頭痛」と題されて講演されました。
この「見逃されている」という表現から分かるように,山根先生は,脳底型片頭痛は決してまれな片頭痛ではない,ということを強調されていました。自験例として23年間に110例の脳底型片頭痛を経験し,その特徴ある症状や,発症機序などにつきまとめられていました。もともとは1961年にBickersteffが脳底動脈片頭痛(Basilar artery migraine)として,脳底動脈系の多彩な症状を示す症例を詳細に検討して報告したのが初出ということでした。その後1988年の国際頭痛学会の頭痛分類では脳底片頭痛(Basilar migraine)と呼称され,2004年の頭痛分類第2版では脳底型片頭痛(Basilar type migraine)とされました。そして第2版の分類には詳細な診断についてのコメントが付記されています。
山根先生がこの疾患に興味をもたれたのは,初期の頃経験された48歳の看護師の症例で,片側視野全体の閃輝暗点,あるいは半盲のように人物の左半分が見えなくなり,その後その部分がきらきらとゆらいで見え出し,その後に頭痛・めまいなどの症状を発症したが,後ほど4日間の経過中の記憶がない,一過性全健忘の状態になっていたことが分かったそうです。患者さんの書いた絵を提示され,確かに経過も十分に印象的でした。山根先生の110例の検討では,神経内科の全新患の0.7%,片頭痛患者の25%が脳底型片頭痛であり,42:68で女性に多く,家族歴は48例で認められたとのことです。症状でもっとも多かったのが回転性めまいで88%に見られ,ついで運動失調(ふらつき)76%,耳鳴26%などが見られたようです。報告では小児片頭痛の30%が脳底型片頭痛であるとするものや,全片頭痛の30%程度が脳底型とする報告もあるとのことでした。
これだけ多いはずの脳底型片頭痛が,なぜ稀にしか診断されていないかというと,まず脳底型片頭痛という疾患概念が浸透していないこと,片頭痛の患者さんは頭痛に注意が向いているため,めまい・耳鳴・ふらつきなどの症状はこちらから聞かないとあまり訴えない,脳血管障害などと誤診されやすい,片頭痛の他のタイプとの移行例もあるため特徴を把握しづらい,精神症状が半数で見られるため精神科疾患と間違われやすい,などの点を指摘されていました。
また失神や一過性全健忘の合併も多く,脳底型の場合は脳波異常も多くみられるため,てんかんとの異同が問いただされているそうです。一過性全健忘を伴うケースで印象的な症例を報告されていました。62歳男性で3回の一過性全健忘と片頭痛発作があり,その健忘の間に車を運転し,遠く離れた福井まで行って,ひどい片頭痛で地元の病院に入院して初めて全健忘がわかったという驚くべき経過があったことを話されていました。山根先生の経験では一過性全健忘の原因の34%が脳底型片頭痛によるものであったとのことです。報告でも片頭痛によるものは大体14%から34%の合併頻度とのことでした。また脳底型片頭痛と椎骨脳底動脈血流不全も非常に似通っており,自験110例中2例が小脳・脳幹梗塞を起こしたそうです。
また脳底型の特徴ある症状として「不思議の国のアリス症候群(Alice in wonderland syndrome AIWS)」があり,これは①身体像の奇妙な変形,②視覚的に物体の大きさや距離が変化する,③空中浮揚の錯覚的感覚,④時間的感覚の錯覚的変化,などで定義されるとのことです。このAIWSは13例11%に見られ,27歳の女性例では車の運転中に対向車が遠く小さく見え,危うくぶつかりそうになったというケースを話されていました。
治療としては予防が大切で,塩酸ロメリジンやバルプロ酸,その他一般的に片頭痛の予防薬として使用される薬を用いるとのことです。発作の頓座薬としてはトリプタン系薬剤は万一の脳幹梗塞などのリスクを考え禁忌とされているようですが,山根先生は私見として,症状が軽い,めまいやふらつきなどの軽症の症例はトリプタンを使用してもよいのではないかという印象をもっていると話されました。通常の治療薬はNSAIDsや脳梗塞に準じた治療薬などになるようです。実際に脳底型の発作期に脳血管撮影などで血管を見ると血管攣縮を起こしているケース(Frequin STFM et.al. Headache 31:75-81 1991)があるそうです。このように聞いていくと,確かにきちんと脳底型片頭痛と診断することが予後にも関係し,治療の選択の面でも非常に重要であるという印象をもちました。

講演の後,フロアから質問が相次ぎ,この脳底型片頭痛に対する参加者の並々ならぬ関心が伺えました。

会の終了にあたり,札幌医科大学麻酔科教授の並木昭義先生より本勉強会のまとめのスピーチをいただき,定刻よりやや遅れて,無事第11回の北海道頭痛勉強会を終了することができました。次回はファイザー社の共催で,平成19年5-6月頃の開催予定です。また幹事一同,皆様に興味をもっていただけるような企画を考えますので,今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。(文責 北見)
 
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